【5:世論調査と選挙結果―「アナウンス効果」はどれだけあるか】

◇選挙戦も終盤となり、公示後の世論調査結果、さらにはそれを受けての情勢記事なども各種メディアに出てきている。私はあくまで政治の素人であるから、素人なりの視点で選挙後の情勢を展望しておきたい。
◇以下、世論調査の結果を見ながら実際の投票行動を推測するのだが、地域ごとの票読みなどを考えているわけではなく、もっと大雑把な方向性を記述してみたい。それくらいはした方が展望なしに一票を投ずるよりはよいだろうと思うから。

「革命的」な結果は出るか?

安倍内閣の支持率急落の「逆風」が吹き荒れた、月末からの各種世論調査では、今投票する政党として、選挙区・比例区とも民主党が第1位となる傾向が明らかになった。その結果や雰囲気だけを単純に受け止めれば、「革命的」な与野党逆転さえ予想される。
◇「自民惨敗→安倍退陣→政界再編」といったドラスチックな結果を期待する人もいるかもしれない。安倍首相は「2001年体制」の首相としては国民からも党内からも不適格と判定され、退陣するわけである。
◇しかし、実際にはこのような世論調査と選挙結果の間には、しばしば大きなズレが生じる。90年代の選挙でも、大きく見れば自民党が次第に勢力を失う傾向は続いてきたが、1回の選挙で自民党が壊滅的な打撃を受けるようなことはなかった。革命的結果を想像するのは血がたぎるように興奮することではあるが、この夏の選択はもっと微妙なものになる、という方に説得力を感じる。
◇こうした情勢調査そのものに「アナウンス効果」があり、実際の投票日には「逆バネ」「揺り戻し」があると言われている。例えば、98年以降の選挙についての予測と結果をまとめた『中日新聞』のこの記事*1に触れられているように。
◇各種調査でも投票態度未定が3〜4割前後あるのが普通である。政党自身も、公示日以降投票日までの時間効果を懸念して、引き締めを図っている*2。故・渡辺美智男氏は「火事は最初の5分、選挙は最後の5分」と言っていたとか(今週の『SPA!』の福田和也坪内祐三「これでいいのだ!」による)。

「揺り戻し」は起こるか?

◇獲得議席予想として穏当なのは、読売調査「与党過半数割れも、民主第1党の勢い」(7/14〜16、約4万人対象)*3の、予想議席自民党40台前半、民主党50台後半で第1党に、くらいだろうか(それでも5月までの情勢では考えられない数字だが*4)。
◇なお、今回、各新聞社がネットモニター調査を行なっているが、どれも他の調査に比べて、明らかに民主党寄りの結果が出ていたため、ここでは無視している(ネット選挙運動解禁への姿勢などの政策が影響していると思われる)。
◇また、世論調査結果の中でも、単純に投票先を訊くのでなく、違う問いを設けた場合に興味深い傾向が見えてくる。そのいくつかの指標から、「民主勝利」はほぼ確実としても、やや大きな「揺り戻し」が起こる可能性は高いと思われる。例えば、
1.内閣不支持率は急増したが、支持率は30%で下げ止まっている感があること
◇投票先では民主党が増えているのに、年金問題への政府対応への評価や内閣支持率が回復した調査もある。
読売調査「民主党優勢続く、内閣支持率やや回復34.8%」(7/17〜19)*5
もっとも「読売新聞調査では内閣支持率が高めに出る」とはよく言われることだが。
2.安倍政権の現状に不満な人でも、相当数は(例えば、「宇野総理」とは違い)首相続投までは否定していないこと
◇公示前の調査ではあるが、安倍首相に「しばらくの間は続けてほしい」が46%、「できるだけ長く続けてほしい」が10%、一方で「続けてほしくない」31%という結果もあった*6
◇また、選挙結果への対応として、「仮に過半数を少し下回っても続投すべき」42.3%、「過半数を大きく下回っても総理を辞める必要はない」21.3%、一方「過半数を少しでも維持できなかったら総理を辞めるべき」33.6%という調査結果もあった*7
◇ただ、一方で次のような結果もあり、長期本格政権への見込みはかなり厳しくなったと言える。
世論調査 首相、人柄への評価も下降線」*8
政権の見通しの回答で「3年以上」が、発足当初の26.8%から9.1%に減少した。
3.民主党安倍内閣に対抗する充分な政権構想を打ち出していると受け止められていないこと
民主党年金問題への有効策を打ち出しているとは思わないが61%という、相当厳しい数字も出ている*9
野口悠紀雄氏は、『週刊ダイヤモンド』連載「『超』整理日記」で、制度設計の観点から、年金を税方式にすれば「老年者に対する生活保護」になることの根拠などに疑義を呈していた。
◇やや議論が脱線するようだが、こうした政策・構想面で言えば、「改革」路線評価の難しさは与党にも当てはまる。そもそも小泉時代道路公団民営化・郵政民営化への評価も定まっていない。
◇安倍政権の「骨太の方針2007」については、大前研一氏による、それがいかに骨抜きな内容かについての論評が出ている*10
◇一方で、安倍政権の公務員制度改革について、堤和馬氏は『週刊東洋経済』7/14号で「新人材バンクは、道州制導入時に官僚を地方にふるいわける手段となり、国家改造の布石だ」とまで述べている。
◇ここで、【1】で問題にした「大状況」に帰れば、新自由主義ネオリベラリズム市場原理主義)と新保守主義(政治上の道徳主義)の結合型である安倍政権と、それに対して明確な方針を打ち出しきれていない社会民主主義(参加主義的コーポラティズム)という構図を見ることができる*11
4.望ましい議席数で必ずしも与野党逆転が期待されていないこと
◇与党獲得議席数として「過半数を大きく上回るのがよい」9.8%、「過半数を少し上回る程度がよい」39.0%、「過半数を少し下回る程度がよい」30.8%、「過半数を大きく下回るのがよい」15.7%で、公示直前の時点でも与党過半数維持への支持が多かったように見える結果である*12
5.政党支持率での逆転は少ないこと
◇日経調査「内閣支持率27%に低下・政党支持率、民主が初めて自民上回る」。
政党支持率が、「民主は前回から4ポイント上昇して30%となり、同6ポイント低下した自民の29%を初めて逆転した」*13
◇なお、私の偏愛する『毎日新聞』では、議席数・政党支持率とも極端に民主党よりの結果が出ていてかなり驚いた。
毎日調査「選挙:参院選中盤情勢 与党、過半数厳しく」(7/19〜21、4万人規模)*14
◇以上の要素から、瞬間的な「逆風」の強さはともかくとして、これで安倍政権が一巻の終わりとも言えない状況ではないかと思われる。安倍批判票の受け皿として、当面民主党は目一杯の支持を得ているが、それは「勝利」後に広い意味での「主導権」を持つことができなければすぐに離れるような性質の支持ではないかと思われる。
民主党の小沢代表の「負けたら政界引退」は、マスメディアでは「背水の陣」と紋切り型で表現されるが*15小沢一郎が健康問題もあって、これから本格政権を率いるような望みがないことはいわば自明のことで、今更何を付け加えたわけではない。
◇小沢がどんな大勝利を得ようと、自ら首相の座に上ることはないだろう。週刊誌でも、勝てば勝ったで民主党指導部は岡田克也らが復帰するという観測記事が出ていた(先週の『サンデー毎日』記事)。
◇最終盤の情勢としては、自民「中負け」を予想しての「安倍続投・9月内閣改造論」が出ているようである。
「首相続投へ環境整備 9月にも内閣改造参院選敗北でも」*16
参院選:『首相退陣必要なし』政府、自民党から発言相次ぐ」*17
といった記事が出ている。安倍首相周辺では多少の過半数割れなら、国民新党民主党内の反小沢グループ取り込みで逆転できると考えていたようだが、本格的に与野党逆転が起これば、野党が首相の問責決議案を提出して、解散総選挙に追い込むという観測もある。実際の推移は、この両極の中間線辺りをたどるだろうか。
◇なお、政治部記者の立場からの情勢予測と安倍続投へのオマージュの文章も出ている*18。選挙を単なる空騒ぎで終わらせたくないという思いには共感する。

比例区の候補者名投票とボートマッチ

◇なお、投票の際の基礎的事項に属するが、参議院選比例区投票では2001年から非拘束名簿方式が採用されたため、衆議院選挙とは違い、候補者名での投票ができる。
◇導入時に議論のあったもの*19だが、比例区の名簿を見ると、組織代表が多く、はっきり言ってあまり魅力的な候補者が並んでいるとは言いがたいので、個人名での投票を有効に使用すべきではないかと思われる*20
◇また、『毎日新聞』の新しい試みとして、「毎日ボートマッチ えらぼーと」がある。21問に答えると、その回答と各政党候補者の平均的回答がどれだけ近いかを判定してくれる。
◇私は3回試して、最後に重要度をどこに置くかの重み付けで結果がぶれる印象があるが、2回目で自民候補者と44%一致、民主候補者と40%一致だった。核武装集団的自衛権、また靖国参拝などで保守的な見解を持っているせいか。しかし、道徳教育や年金の方式(税か保険料か)など迷うところを変えてみると、自民41%、民主45%一致に逆転した。
◇いろいろ迷うだけでも、自分の方向性を知る一助になるし、投票先を検討するのに有益だろう。比例区候補者のアンケート結果との一致を確認できるので、候補者への投票を検討するには、有力な素材だと言えるだろう。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/07saninsen/votematch/

*1:「『奇跡』望み薄 与党過半数割れ予測大勢」「http://www.chunichi.co.jp/article/feature/saninsen07/all/CK2007072402035350.html」。

*2:例えば、7/17のこの記事などは逆に意図的にアナウンス効果を狙って出されているように思う。「民主、目標「55」に厳しい認識 情勢分析で小沢代表」「asahi.com:民主、目標「55」に厳しい認識 情勢分析で小沢代表 - 朝日新聞 2007参院選:ニュース

*3:与党過半数割れも、民主第1党の勢い…参院選・読売調査 : ニュース : 参院選2007 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

*4:朝日新聞社の5月調査(約1000人)では、投票先は選挙区・比例区とも自民党30%前後、民主党20%前後だった。「http://www.asahi.com/politics/update/0722/TKY200707220374.html

*5:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070719i312.htm?from=main3

*6:6/30、7/1の朝日新聞社世論調査(約1000人対象)「http://www.asahi.com/politics/update/0701/TKY200707010242.html」残念ながらすでに記事は落ちている。

*7:http://news.tbs.co.jp/newsi_sp/shijiritsu/」(7/7〜8、約2400人対象)

*8:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070723-00000071-san-pol」。「経済や外交についての評価が相次いで下降する中、安倍首相の人柄への評価だけは前回調査まで60%台を維持していた。それが今回は52.9%に落ち込み(ピョートル注:それでも十分高いが)、首相の人気に陰りが出てきたことをうかがわせる。また、安倍首相の指導力に対する評価も、政権発足直後の36.8%から15.8%と半分以下にまで激減した。「政権の見通し」を訊くと、「参院選まで」が、政権発足直後の18.0%から今回31.2%になり、逆に「3年以上」は26.8%だったのが、9.1%にまで減った。参院選は政権選択の選挙ではない―といわれているが、60.9%が政権選択選挙と位置付け、64.8%は、与党が過半数を割れば早く衆院を解散すべきだと回答した。」

*9:http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070719i312.htm?from=main3」(上と同じ7/17〜19読売調査)

*10:http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/89/

*11:これについては、再び宮台真司の「http://www.miyadai.com/index.php?itemid=525」、また佐藤優『世界』8月号で「日本の社会民主主義を復興するために―山川均のハンガリー動乱評価」でこの辺りの構図を論じている。「雑誌 - 岩波書店」からリード文を引用しておく。「現下世界においては、新自由主義新保守主義社会民主主義という3つの「大きな物語」が流通、競合している。小泉前政権は、「聖域なき構造改革」名の下に新自由主義政策を推し進めた。同時に、靖国神社参拝に見られるような過去の歴史的出来事と絡む事象をシンボル操作することによって「伝統の代表者」という表象を纏った。これは典型的な新保守主義の技法である。小泉純一郎氏から安倍晋三氏に内閣総理大臣のポストは移行した。しかし、政策的には新自由主義新保守主義が「結婚」している状態が続いている。筆者の見立てでは、小泉前政権と安倍現政権を比較すると、現在、新保守主義的傾向が若干強まっている。/他方、第三の「大きな物語」である社会民主主義の要素は、安倍政権はもとより、野党第一党である民主党にも稀薄である。社会民主党は看板に社会民主主義を掲げているが、その中にどこまで旧日本社会党の基軸を構成していた労農派マルクス主義の伝統が継承されているのであろうか。/日本の社会民主主義が袋小路に陥っているのは、山川 均がもっていた究極的に国家を突き抜けるアソシエーションに対する想像力を失っているのではないか。ハンガリー動乱に際しての山川の発言から、日本における社会民主主義復興の鍵を読み解く。」世界 2007年 08月号 [雑誌]

*12:http://news.tbs.co.jp/newsi_sp/shijiritsu/」(上と同じ)

*13:経済、株価、ビジネス、政治のニュース:日経電子版

*14:http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/archive/news/2007/07/20070722ddm001010150000c.html」。「政党支持率で、自民党は21%にとどまり、民主党の31%を10ポイント下回った(ピョートル注:!!...?)。国政選挙前に実施する特別世論調査で、民主支持率が自民支持率より上になったのは、98年4月の民主党の結党以来初。自民党への逆風の強さを裏付けた。」

*15:毎日新聞』「余録」ではさすがに恥ずかしかったのか、松谷健二の『カルタゴ攻防史』から、紀元前4世紀末のアガトクレスが乗ってきた船団を焼き払った故事まで持ち出していたが。

*16:http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2007072401000534_Main.html

*17:http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070725k0000m010100000c.html

*18:http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/240274/

*19:非拘束名簿式 - Wikipedia

*20:比例区の情勢は、「【2007参院選比例代表の情勢 自民過去最低14議席割れも」「http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070724-00000087-san-pol&kz=pol」など。