【2:国際情勢から見た「大敗」―「安倍不要」の時代背景】

◇さて、安倍晋三率いる自民党は、なぜ大敗したか。まずは、「大状況」としての国際情勢から。
◇安倍政権の最大の成果として、小泉時代に冷却しきっていた中国・韓国との関係改善を実現したことだろうことは衆目が一致する。しかし、ゴリゴリ右翼が安倍の方針転換に反発するのとは別の次元で、政権担当者が安倍でなくてはならない必要性は相当失われた。
◇乱暴なことを言えば、もし安倍が本当にヒトラーみたいな指導者であったなら、逆に対外危機を煽るだけ煽りまくるのが権力掌握の得策だったと思われる。しかし、事態は逆であって、安倍は国民(特に経済界)の望む中韓との関係改善に舵を切った(しかも、靖国に表だって参拝しない以外の妥協は不要だった)。国民は喜ぶ結果である。
◇しかし、安倍晋三の従来の持ち味は、保守・タカ派路線だったわけで、東アジア情勢の緊張感が弱まれば、外交上、安倍が指導者でなければならない必然性はかえって薄れてしまった。
◇また、アメリカの北朝鮮政策は、ネオコン的強硬路線から、キッシンジャー的現実路線に舵を切った*1。「拉致問題には強攻策」が看板の安倍晋三が指導者である意味はここでも薄らいだ。
◇それどころか、今後はかえって安倍首相の態度が有害になるかもしれない。ここでも、小泉が残した2002年の「日朝平壌宣言」に基づいた対話が(北朝鮮によって、また、アメリカによって)求められる状況への変化が起こったのである。
アメリカ下院の従軍慰安婦問題をめぐる対日謝罪要求決議*2は、私などにとっても相当不快な雑音なのだが、こうした「歴史問題」への対応でも、安倍首相の説明は中途半端で、日本国内を、ましてアメリカや中国・韓国を納得させるものではなかった。
◇原爆「しょうがない」発言についても、なんら真剣な対応を取らず、選挙対策の辞任で済ませたのは言語道断、結局「歴史」に真剣に向き合う意思すら持ち合わせていないことが明らかになった*3
◇しかし、また政治日程には奇妙な巡り会わせがあるもので、11月1日に期限切れとなるテロ対策特別措置法の延長問題が浮上している。小沢一郎代表の反対表明からまもなく、アメリカはケーシー国務省副報道官の記者会見、シーファー駐日大使の小沢代表への会談申し入れ*4、来日中のネグロポンテ国務副長官の会見*5など、矢継ぎ早に延長を要求している。
◇王道を行く『毎日新聞』の落ち着いた報道に慣れていると気づかないのだが、このことについて、読売・産経などは例によって実にみっともない、必死の論調を展開しているようである*6
◇これら「親米ポチ・神経質保守派」の論調はともかくとして、やはりこの延長問題は対応を間違えば、安倍政権のみならず、小沢民主党の圧勝そのものも吹っ飛びかねないものなのは事実だろう。民主党内でも、(予想されたとおりに)前原誠司前代表が延長必要論を打ち上げている*7
小沢一郎が、アメリカとの駆け引きの中で、国民が納得するようなどのような着地点を見出していくのか、小沢一郎指導力民主党の「政権運営能力」が問われる局面が早速にやってきたと言えるだろう*8

*1:『中央公論』8月号のレオン・V・シーガル(聞き手・松尾文夫)「拉致敗戦―日本は北朝鮮問題で致命的な孤立に追い込まれる」。いかにも商業誌的タイトルだが、実際の内容はブッシュ政権の東アジア政策の現状を非常に明快に述べたもので、必読。中央公論 2007年 08月号 [雑誌]

*2:それに関連する経緯は、例えば「http://blog.yoshiko-sakurai.jp/2007/07/post_520.html」。米軍の慰安所については、「「戦後60年の原点 占領の秋1945年」連載開始 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」で触れた記事にも出ていた。なお、櫻井よしこ氏が批判する「人権問題の論理」という書き方は『毎日新聞』の独創ではなく、『中央公論』5月号の加瀬みき論文「『人権問題』というアメリカの虎の尾」を受けたもの。そこでは、多様な政治・宗教を抱えた移民国家アメリカで、「人権問題」が宗教団体・シンクタンク・メディア・政治家・軍が一致できる数少ないテーマになっており、その意味で日本に対する「拉致問題への共感」と「慰安婦問題への謝罪要求」が同列となる事情が説かれている。中央公論 2007年 05月号 [雑誌]

*3:【6:久間章生防衛大臣「原爆容認発言」を改めて弁護する】 - ピョートル4世の<孫の手>雑評

*4:http://www.47news.jp/CN/200708/CN2007080201000702.html

*5:http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/afro-ocea/news/20070804k0000m030061000c.html

*6:民主党小沢代表、シーファー駐日米大使と会談へ | Internet Zone::WordPressでBlog生活」のまとめ参照。

*7:http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20070804dde001010038000c.html

*8:変わらずにあるのは彼が類い希な「政局の人」であること - 木走日記」では、今後の推移を3つのケースに分けて予測している。