【8】ロストロポーヴィチ指揮ナショナル交響楽団★★★★☆

1992年10・11月
テルデック1997年(9031762622)
68:56(16:34/21:46/14:32/16:05)
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」
◇この演奏も今回の聴き直しで大きく印象が変わった。8種の中で最も長大。第1楽章の静謐さはロジェストヴェンスキー盤からさらに徹底された感じ。
1.祈りの静けさ、本当に皇帝が現れるのではと期待させるトランペットまでは立派だが、その後はテンポを緩め過ぎで、発砲ではなく軍楽、制圧ではなく押し問答に聴こえてしまうのが難点。
2.実に遅く弱いピツィカートの上にヴィオラの旋律が出る。色を殺したようなそっけない音から始まるが、次第にしっかりしてくるピツィカートともに綿々と歌っていくのが高雅な雰囲気を作り出し、ヴァイオリンも入って小さな頂点に達する。第3楽章の美しさではこの録音が最高。
3.出だしは速いが充分強い。そのままの勢いで突進していく。「ズズンバシバシ」は鳴っているが、どちらかといえば後景。その後、ロシア民衆のちゃらんぽらんで猥雑な感じが出ているのは好ましい。
4.冷気がことさら冷たいのは北原盤と似ている。イングリッシュホルンの悔恨に満ちた表情は心に染み入る。ファゴットクラリネット、フルートがよく語り、鐘は最もよくガラガラガンと響いている。残響も完全に捉えられている。

そしてダスビと第11番に響くロシア音楽の場面たち

◇ぐは。極めて長大な聴き比べであった。家人もさぞ迷惑に思ったことであろう。しかし、やはり★5つに到達する最高の演奏は今のところない。解釈・演奏・録音がすべてそろった理想のものというのはやはり難しい。ロジェストヴェンスキーの第1楽章の緊迫感、第2楽章の「北原加速」、ロストロポーヴィチの第3・4楽章と並べば…などと夢想する。
◇第15回定期のダスビの演奏は、冷静に聴けていないのだが、第2・3楽章はまだ上を狙う余地があった(「祈り」の解釈やヴィオラ旋律の扱いなど)。しかし、第4楽章は前半・後半ともに比類ないものだったと思うので、CDで聴けるのを心待ちにしている。
◇今回の聴き比べの参考に、2002年のダスビの交響詩「10月」を聴き直した。冒頭からホルンが外しまくっていて技術的には難があったが、演奏全体の熱意はずば抜けており、ヤルヴィ盤はもちろん後発のアシュケナージ盤と比べても解釈も重い。最後のパッパラパーも何とかこれなら収まっているという感じである。聴いていて伝わってくるものは、明らかにプロのオーケストラの整然とした演奏以上のものがある。
◇上記の長大な聴き比べもダスビの演奏の衝撃からくるものだった。しかし、また一方で、この曲を聴きなおす中で、私の中にはロシア音楽の系譜が浮かび上がり、第11番そのものとダブルイメージとなっていった。
◇第2楽章では、「祈り」の直後のラッパのシグナルに、偽皇帝の登場を告げるシュイスキーの「ボリス・フョードロヴィチ皇帝、万歳!」の叫び(ムソルグスキーの歌劇『ボリス・ゴドゥノフ』プロローグ第2場)を、民衆と兵士の闘争には「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミイレ」(『展覧会の絵』)を聴いた。第3楽章には、チャイコフスキーの「パテティチェスカヤ(悲愴・熱情)」を、第4楽章には、悪僧ワルラームが酔っ払って猥雑に歌うカザンでのイワン雷帝タタール人の戦争の情景(『ボリス・ゴドゥノフ』第2幕第2場、タタール人4万3000人が死んだと歌われる)を、リーザの悲劇の前のゲルマンとの仮想的な一体化の高揚を(チャイコフスキーの歌劇『スペードの女王』第3幕第2場、今聴くと実に効果的に木管が語っている場面でもあった)、幻想曲『テンペスト』のクライマックスの歌い回しを、そして鐘の音には、ボリスが罪の意識と悪夢に苛まれる「時計の場」(実際には鐘は使われないが)やスヴェトラーノフ指揮のマーラー交響曲第7番の「鐘」を、同時に聴いていたのである(『ボリス・ゴドゥノフ』『スペードの女王』は少なくとも5年ほどは聴いていなかったのだが)。
◇もちろん上記はすべて音楽的に引用があるわけではなく、私の個人的な連想に過ぎないのが。ショスタコーヴィチは、交響曲第11番作曲の翌年〜翌々年の1958〜59年にムソルグスキーの歌劇『ホヴァーンシチナ』の、第13番と同じ1962年に歌曲集「死の歌と踊り」のオーケストレーションを手がけている、というのを知っているので、こういう連想をしたのかもしれない。
◇80年代末から90年代初めにかけて、冷戦が終わる一方で世界各地で数々の紛争が続いた時代に重ね合わせるように、私はこれらの曲を聴いていった。それが、今回のダスビの第11番の演奏に私が過剰反応した理由だと思っている。
(なお、6本足のタコ写真は、本日のYAHOOニュース、時事通信社より引用。「http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/」)