渡邉暁雄38CDs聴き倒れの記(その1)

◇私の望みは満たされた―。私が8大「最上級」指揮者の1人に選定した「渡邉暁雄の指揮で幅広いレパートリーを聴きたい」という前回エントリで記した希望は、日本フィル、TOKYO FM、デンオン、フォンテック、日本シベリウス協会などからリリースされていたCDで相当程度まで満たされることになった。前回エントリ以後聴くことができた渡邉暁雄指揮の録音は、実にCD38枚分になった(前回紹介分と併せればCD49枚分)。
 (前回のエントリ「渡邉暁雄を8大最上級指揮者に選定す!(付・日本の管弦楽、山岡重信・田中希代子・原智恵子、世界の指揮者勝手番付) - ピョートル4世の<孫の手>雑評」)
◇そこに収録されたレパートリーは実に多岐に渡り、渡邉が正攻法の指揮者として巨大な存在だったことを証明するのに充分な材料がそろっている。ハイドンからヒンデミットに渡るドイツもの、フランクからプーランクまでのフランスもの、シベリウスとニールセン、チャイコフスキーからショスタコーヴィチに至るロシアもの、そして芥川也寸志武満徹矢代秋雄間宮芳生などの日本もの、などなど。
◇その大部分が、CD26枚組の「渡邉暁雄と日本フィル」全集に含まれているので、その内容を軸にして、関連する内容のCDを合わせて紹介していく。
◇以前、ドゥビンスキー率いるボロディン・トリオのきらめく音色と緻密な解釈に感動して、シャンドス盤室内楽録音をほぼすべて連続して聴いたことがあったが、今回はそれに匹敵する「聴き倒れ」。しかも、さらに2周目・3周目に突入しつつある。改めて恐るべし、マエストロ渡邉暁雄

日本フィル創立50周年記念「渡邉暁雄と日本フィル」全集(日本フィル「音楽の森」CD JPFO-0001/0026 2006年)について

◇私のレパートリーの渇きを一気に癒してくれたのが、この全集。HMVやタワレコのネット通販では取扱終了になっていて慌てたのだが、日本フィルが販売を継続していて、すぐ入手することができた。
(販売と主な曲目「http://www.japanphil.or.jp/goods/original_cd.html」)
◇この全集は、1956年創設の日本フィルハーモニー交響楽団の歴史を振り返ったものだが、それが渡邉暁雄という一人の指揮者によって、しかも1956年5月25日(第1回定期演奏会から2ヵ月も経っていない)から1987年11月30日までの実に40年以上に渡る録音で綴られるというのが、相当特異な点だろう。渡邉は日本フィル創設の中心となり、1956〜1968年に音楽監督・常任指揮者を務め、また1978年に同職に復帰しているが、以下のような混乱期も含めて日本フィルとの緊密な関係を保ったのである。
◇そもそも日本フィルは、文化放送の専属オーケストラとして設立され、フジテレビとも専属契約を結んだ関係から、実質的には「放送交響楽団」だったと言える。そのため、多数の放送用音源が残されているのは当然なのだが、しかしそれも1972年までである。
◇「日フィル分裂」の話は一応知っていたが、Wikipediaで確認すると、1971年の日本フィル労働組合結成とストライキに対して、文化放送・フジテレビは放送契約解除、団員全員解雇、財団解散をもって臨み(この時、楽団員の一部は小澤征爾の下に新日本フィルハーモニー交響楽団を設立)、以後1984年の和解まで争議が続いた…という事情があった。当然、放送用の録音も打ち切りとなるわけだが、それ以降もファン有志によって演奏会の録音が続けられたという(!)。
日本フィルハーモニー交響楽団 - Wikipedia
◇もっともこの「全集」は、そうした背景を抜きにして純粋に音楽的に実に楽しめる内容に仕上がっている。26枚組と規模は大きいが、この内容(と美装)で¥25,000というのは極めて安価と言ってよい。
(HMVに寄せられた実に多数の絶賛レビュー「ユーザーレビュー|「渡邉曉雄と日本フィル」CD全集(26CD)|音楽CD・DVD情報|クラシック|交響曲|HMV&BOOKS online」)
◇全62曲収録で、うち7曲のみがスタジオ録音(スタジオ録音のうち4曲がモノラル)。これだけライブ録音が集まると、水準のバラつきが気になりそうだが、全体的には選りすぐりの高水準の演奏がそろっていると言える。さすがに曲によって、奏者の細かいミスやオケ全体の鳴り方がやや苦しげな部分はあり、一般に市販される音源のような完璧さを求めるのは酷である。
この全集で聴くべきは、ライブにおいてより魅力的な渡邉の指揮芸術の闊達さであり、特筆すべきは、いわば時代を飛び越えて日本フィルの定期会員としての40年間を追体験できる臨場感である。分裂前の60年代後半が日本フィルの黄金期とされるが、渡邉復帰前後から80年代の演奏もスケールが大きくて惹かれる。
◇それを支えるのが録音の優秀さで、ホールの音響を生に捉えた素直さが好ましい(モノラルもとても聴きやすい)。総じて録音も年代によるバラつきはほとんどない。ただし、曲によっては、左右音揺れなど元テープの物理的劣化がそのまま出ている部分はある。しかし、それも渡邉の演奏を楽しむという観点からすれば、大した問題ではないものである。
◇ただし、ただ1曲だけ、イベールの「祝典序曲」については、テープの痛みが激しいようで、最初は良いのだが、曲終結近くの高揚にともなって突如モノラル状態になり、さらに完全に潰れてバリバリと音揺れノイズが入るため、これだけは(演奏自体が優れているだけにかえって)聴いていて苦痛だった。確かにレパートリーとしては魅力的だし、何か意図があったのかもしれないが、これは外すべきだったと思う。
◇さて、先にケチをつけてしまったが、この1曲以外については、監修者・奥田佳道氏の意図は完全に成功している。何より選曲が素晴らしい! ハイドンモーツァルトベートーヴェンからブラームスマーラー、R.シュトラウスヒンデミット、フランスもの、ドヴォルザークコダーイバルトークコープランドシベリウス交響曲全曲とニールセンの第2・5・6番、チャイコフスキーリムスキー=コルサコフスクリャービンストラヴィンスキーショスタコーヴィチ、そして矢代秋雄など日本の作曲家たち、と実に満遍なく、しかも作品も他の盤との重複を避けながら傑作を選び、また渋い名曲をそろえている。
◇また、これらのレパートリーは、ちょうど私が「最上級」指揮者に選定したケンペ、バルビローリ、マルティノン、コンドラシンなどと重なる部分が大きく、オーケストラの醍醐味を味わえる曲目ばかりである。

渡邉暁雄マーラー、R.シュトラウスヒンデミットを聴く

◇まず最初にマーラーから。この全集には、第1・2・5番が収録されているが、そのうち第2番は、前回紹介したTOKYO FM盤と同じ演奏。
◇時代が共通だから当然といえば当然なのだが、私にとっての「最上級」指揮者たちは、マーラーの一部の曲にだけ突出した名演を残し、交響曲全集を録音するには至らなかった。近年ライブ録音のリリースが続いて第8番・大地の歌以外がそろったバルビローリ、そしてケンペやコンドラシンも欠けた番号は多いが優れたマーラー演奏を残している。私は聴いたことがないが、青澤唯夫氏によると、マルティノンのマーラー演奏も評判だったらしい。
(バルビローリのマーラー盤のいくつか「Amazon.co.jp: バルビローリ マーラー」)
(マルティノンのマーラー演奏については、青澤唯夫『名指揮者との対話』p45にチラッと出ている。この本、チェリビダッケなど20人のやや渋めの指揮者について肉声やエピソードを伝えていて興味深い。)
◇渡邉のマーラー演奏は、前回紹介のTOKYO FM盤リーフレット掲載の信子夫人の談話に寄れば、1972年以来の都響とのチクルスで、第4・5・7・大地の歌・10(クック全曲版、日本初演)・5・6番を演奏したという。これらの録音が存在するなら何としても聴きたいところだが…。
◇全集収録の日本フィルとの演奏は、第2番が1978年の音楽監督・常任指揮者復帰記念(第301回定期演奏会)の演奏。第1番・第5番が続く1979、80年の定期演奏会のものである。強いて言えば第1番がややオケの練度が落ちるが、どれも緻密で隙のない解釈と高揚の宇宙的な巨大さによって圧倒される名演。正攻法の実に立派な演奏であり、この全集中の白眉といっていいだろう。殊に第5番は、オケのそれぞれの楽器の音色が実に艶めいていて、美しい。3曲とも終演後の聴衆の反応も熱狂的で、渡邉が当時の日本のマーラー演奏の頂点にいたことは疑いない。
◇1981年には日本フィルと第8番も演奏しているそうで、これまた聴いてみたい(残る第2・3・9番は取り上げていないのだろうか?)。
(第8番の舞台に乗った方発見「懐かしい!!: あきらの徒然日記」)
◇その聴けない番号を補うように、R.シュトラウスの「英雄の生涯を全集で聴くことができる(ここでもバルビローリの録音を連想する)。演奏の年代はかなり遡って1964年だが、オーケストラの技量はやはりこの時期の方が安定しており、渡邉の指揮もより堂々として風格あるものに感じられる(私は少し「崩し」が入る方が好きだが)。解釈の隙のなさやスケールの大きさは後年のマーラーと同様である。
◇もう1曲、全集で注目すべきは、ヒンデミット交響曲「画家マティスである。はっきり言って今まで聴いた演奏では、曲自体にそれほど魅力を感じなかったが、この渡邉の1963年の演奏は、良い意味での現代的な緊迫感があって曲のイメージを一新する。「こんな良い曲だったっけ? これなら何度でも聴きたい」と思わせるのである。
◇私はこの全集を聴いて、渡邉暁雄の指揮の本領は20世紀前半の音楽にあると思う。今回のマーラー、R.シュトラウスヒンデミットに加えて、シベリウス、ニールセン、ストラヴィンスキーの演奏がずば抜けた名演ぞろいである(と言いながらベートーヴェンにも感服するのだが)。
(以下次回)