丹千尋ほかの「室内楽の夕べvol.4」の感想

(当日に20行くらいで書こうと思ったのだが、また長大に。今年のダスビ感想はしばらくお待ちください。って、待っている人いるのか? 「一年遅れ」が多少検索に引っかかってますが。)
◇東京では珍しい一日雪の休日(2月11日のことです…)。私は出勤でしたが、夕方に標記の演奏会に。オケの演奏会は90年代後半来それなりの回数行っているが、室内楽単独の「ちゃんとした」(オケついでのロビーコンサートとかではない)演奏会に行ったのは、ほとんど初めてかもしれない。まして、プロの白熱の演奏を云々するような素養もないのだが、少々感想を書き連ねてみる。

千尋さんのピアニズム

◇行ったきっかけは、オーケストラ・ナデージダの演奏会。このオケはプロ・アマ混成の自主運営オケといえばいいのだろうか? 年2回の定期でロシア・北欧もの(日本初演も多い)の充実した演奏を展開している。その第2回・第4回に登場し、ステンハンマルのピアノ協奏曲第1番とアッテルベリのピアノ協奏曲のソリストを務めていたのが、丹千尋さんである(前者はすでにCD発売中*1。リンク先Amazonから買える)、後者も近く発売されそう(…って私がノンタラ書いている間に、丹さんがtwitterデビューされました☆)。
◇私はロシアもの中心の人なので、どちらの曲もこの演奏会で初めて聞いたのだが、どちらも素晴らしい名曲で、グリーグのピアノ協奏曲と並び、北欧3大ピアノ協奏曲と呼ぶのも全く誇張ではない。また、演奏もオーケストラ、ソリストとも非常に気魄のみなぎった演奏で、最初の2〜3分でぐいっと引っ張られたように虜になってしまったのである(私はライブ録音のCDを待ちきれず、アッテルベリの協奏曲の既発CDに加えて、アッテルベリ交響曲全集(セットで安い!)と「デンマークチャイコフスキー」ことベアセンの交響曲全集(第1番ほか第2・3番)まで買ってしまった)。
◇ピアノ演奏についても、私はこれまで録音上も大して聴いてきていなかったのだが、丹さんのピアニズムは、シャープできらびやかでかつ強く熱い。イメージとしては、ブレンデルのように正確で(リストは得意レパートリーかと)、ギレリスのように強力で推進力があり(ブラームスも行けそうだ)、加えて独自の華やかさがある感じ(透明感あるキラキラした感じはロシアものに向いている)かもしれない。
◇プロフィールを見ると、5歳で丹羽正明氏藤井一興氏にスカウトされたとある。藤井氏は、最近では千住真理子のCDの伴奏でよく見かけるが、私のクラシックの聴き始めが90年前後のNHK−FMで、そのころ室内楽の演奏で野平一郎氏や練木繁夫氏と並んで藤井氏のピアノをよく聴いていた気がする。丹さんは藤井氏にも師事しているので、そういう系譜からも関心があったりする(あ、ヴィシネグラツキーのCD、藤井氏だったのか。1988年発売で現役盤なのが素晴らしい。久し振りに聴いたが、やはりとても興味深い曲だった)。
◇ついでに、全く非音楽的な感想で恐縮だが、丹さん、ホームページやジャケットの写真では分かりにくいが、とても笑顔の素敵な方である。上記、第2回の時に、純音楽的見地から演奏後に「ブラヴォー」を投げかけたところ、凄くにっこりとほほ笑まれたので、何だかこちらが恥ずかしくなってしまったくらいである。今回の演奏会でも、ステージ上で寛いだ感じの笑顔が華やかで、聴く方も楽な気持ちで曲に入れる。現在、ピアノの特訓中(?)のうちのもうすぐ6歳の娘もこんな感じになれれば大したものだと思ってしまう(←なんだそれ?)。

プログラム

◇さて、今回の演奏会は、下記のプログラムであった。

室内楽の夕べvol.4
2/11(金)19:00〜 ルーテル市ヶ谷ホール
シューベルト:弦楽三重奏曲第1番変ロ長調D471*
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番ト短調Op25+
フランク:ピアノ五重奏曲ヘ短調#
(アンコール)ドヴォルザークピアノ五重奏曲イ長調Op81〜第3楽章スケルツォ(フリアント)†
Piano:丹千尋+#†
Violin:遠藤百合*#(1st)†(2nd)
Violin:川又明日香+#(2nd)†(1st)
Viola:吉瀬弥恵子*+#†
Violincello:朝吹元*+#†

◇クラシックを多少知っている人なら、結構凄いプログラムだと思うかもしれない。最初のシューベルトは単一楽章なので序曲扱いだが、ブラームスとフランクはそれぞれ重量級で、オケで言えば大交響曲が2曲並んでいる感じである。実際、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番は、1937年にシェーンベルクが管弦楽編曲を行っており、ピアノ協奏曲第1番と並んで交響曲第0番にしていいくらいの内容と規模を持っている(若杉弘盤も先月復活!「ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク編曲管弦楽版)、悲劇的序曲 若杉弘&ケルン放送交響楽団(1978、1983) : ブラームス(1833-1897) | HMV&BOOKS online - ALT204
)。
◇このシリーズについて過去の記録が分からないが、川又さん以外は桐朋学園大学出身。今回は、若い川又さんがゲスト的に参加したものらしい。なお、それぞれのお人柄はこちらの記事によく書かれている→「〜室内楽の夕べ vol.4〜・・・・昨日の続き・・・。 七転び八起き?!ヴァイオリン奮闘記!!/ウェブリブログ」(ちなみに、朝吹さんは、同性から見てもなかなかの男前でしたよ)
◇会場のルーテル市ヶ谷ホールは、音楽ホールとしてよく使われるが、教会の礼拝堂でもある。定員200名だが、オケ向けの大ホールに慣れていると、とても小さく感じる。客席の全長12メートルで、ステージと客席の隔ては2段のステップしかない。私は向かって左側、中央通路沿い5列目くらいに座ったが、本当に奏者の方々が目の前で弾いてくれてる感じ。息遣いが聞こえるくらいで、正に「室内楽」の醍醐味を味わえた。

シューベルト:弦楽三重奏曲第1番変ロ長調D471

◇15年くらい前にNHK−BS放送で1回聴いたかも?というくらいで、ほぼ初めての曲。ヴァイオリンとヴィオラ、チェロの掛け合いで進行する、シューベルトとしてはまだまだ古典的な雰囲気の曲。遠山さんのヴァイオリンはとても輝かしく艶のある音。吉瀬さんのヴィオラはメカニカルな刻みが実によく効いていて、後の2曲でもアンサンブルの要になっていたのではないかと思う(舞台上では、ヒールが高いせいかゆったりと動き、無口・無表情で通されていましたが、最後にマイクを握ると…面白い方でした)。朝吹さんのチェロはどっしり太い声で歌う。ただ、こちらの方が書いたように(2011年02月12日の記事一覧 - 詳細表示 - Yahoo!ブログ)、そういえば出だしがちょっと怪しかったかな…?しかし、全体としては、この演奏会の序曲として充分な演奏だったかと。

ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番ト短調Op25

◇若きブラームスの力作で、今回は楽章ごとの表情の違いが際立った良い演奏だった。
第1楽章:チェロとピアノの低音がどっしり歌う、いかにもブラームス的で重厚なアレグロ楽章。全体に充実していたが、特に最後は大きく盛り上がり、丹さんが2、3度、ヴァイオリンの方を振り向いて見ながらバンバンと決めてダイナミックに終結。←稚拙な表現で失礼<(_ _)>ただ、アッテルベリも腰を浮かせての強打が実に効いていたのが印象に残っている…(早くCD出ないかな〜)。
第2楽章「間奏曲」:この楽章、タイトルどおりの小品で、全曲の中ではやや印象が弱い。完成まで6年かかっているので、他の楽章が充実していく中で少々取り残された感じかもしれない。しかし、今回の演奏はそのテクニカルな側面に徹していて良かったと思う。特に中間部のトリオに入るところ(標語はAnimato)で、丹さんのピアノがキラキラと、本当に活き活きした感じで入ってきて雰囲気がさっと変わったのが見事だった(時々日本人の演奏で本当にこれは凄い!という気の入り方を感じる時がある*2が、これは日本人同士だからなのか、普遍的に通用するものなのか、どうだろうか?
第3楽章:冒頭から弦楽が強く歌う。川又さんのヴァイオリンは、遠藤さんとは対照的に、しっとり湿ったコクのある音で、そのためもあってか最初はあまり目立たない感じを受けたが、この辺りからよく鳴っていて、ヴィオラとの歌い合いが美しかった。この楽章の中間部も、丹さんのピアノが相当な速さを保ちながら(第2楽章の方か?手元で聴けるボロディン・トリオの演奏とはかなり印象が違う)進行していて印象に残ったのだが、やはりここもAnimatoだ…と今納得した。
第4楽章「ジプシー風ロンド」ハンガリー舞曲集よろしく、ズンチャンズンチャン賑やかなフィナーレ。この頃のブラームスにはまだチャイコフスキー交響曲第5番フィナーレをしたり顔で(?)けしからんと評したような晦渋さはない(この1件だけはどうにも気に入らない)。これも本当に気の乗った演奏で、まだロンド1回転目のところでポンッと拍手しかけた人がいたくらいである。前半だけで相当な充実感。

フランク:ピアノ五重奏曲ヘ短調#

◇さて、後半にはこの独自の大曲が。3楽章形式で名作なのだが、実に独特である(この方の記事のとおり→「ピアノ五重奏曲 へ短調(フランク):みどりのこびとちゃんのクラシック音楽日記:So-netブログ」)。そもそもピアノ五重奏は、弦楽四重奏+ピアノという構成なので、室内楽的に最強っぽい感じだが、この作品はそうした形式論も突き抜けて、独自の内容を盛り込んでいると思う(演奏時間は40分に達しない程度なのだが、内容的に非常に長大な印象を受ける)。
第1楽章:序奏から、弦楽四重奏とピアノソロが交錯して、雰囲気満点の歌を形づくった後、前半のブラームスと同様アレグロ楽章として力感と推進力を持って盛り上がる。まだここまでは、普通のロマン派の曲らしい姿を見せる。
第2楽章:さて、この楽章からフランクの本領発揮。サロン音楽風の伴奏としてピアノが和音を奏でる(こういう疑似サロン音楽的な書法はチャイコフスキーもよく使う。ここでも丹さんのさりげない弾き方が実に魅力的だ)上に、ヴァイオリンソロが物憂げなメロディーを歌う(遠藤さんのヴァイオリンも力強く歌う)。残りの弦三本がヴァイオリンの後を受けて、歌い合う。この展開までは、まあありがちだが、この楽章が特異に感じられるのは、中間部で雰囲気を変えるというよりは冒頭の物憂げな歌の雰囲気をずっと引き摺ったままでしかも延々と盛り上がり続けることである。聴いていてくらくらするような、陶酔というのか、耽溺というのか…。シューマンシューベルトのザ・グレートを評した「天国的な長さ」も当てはまりそうな楽想ながら、情熱的でロマンティック…という、そのよく分からなさが素晴らしい。ドイツ系ベルギー人で、14歳以降はほとんどパリで暮らしたというフランク。もしフランクがドイツで生活していたら、こういう曲は絶対書けなかっただろうと思う。演奏もこの曲調に沿って綿々と歌い続けて、濃密でありながら美しかった。
第3楽章:続く最終楽章がまた凄い。冒頭からヴァイオリンが小刻みで無窮動的な動きを奏するのは、20世紀の現代音楽を先取りしたかのようである。カトリックの連想でいけば、メシアンを借用して勝手に「世の終わりの」(ピアノ五重奏曲)とタイトルを付けてしまいたくなる。まだ前半は通常のアレグロのフィナーレっぽいが、終結が近づくにつれ、ピアノは葬送行進曲のごとき楽想を奏で、死と狂気の色が曲を支配しながら強烈に盛り上がるラフマニノフ交響曲第1番に通じるような破滅性が、なんでフランク50代後半の充実期(この曲が晩年の「傑作の森」の始まり)に出てくるのかは不思議だ。プログラム解説にも書いてあった、弟子のピアニスト・作曲家のオーギュスタ・オルメスに惚れてしまったという事情によるものか(ちなみにサン=サーンスもこの女性に惚れ込んでいたそうで、いい年したオジサンが二人して何やってんの的な状況からこういう曲が生まれてしまうのがさすが*3。ちなみに、サン=サーンスはこの曲の初演ピアニストでもある)。演奏は、本当に力演で息つかせぬものだった…ので、終演後本当に「うはぁ」と嘆息(オケなら大ブラヴォーを叫ぶところだが、さすがに近くて恥ずかしいので)。
◇さて、演奏後、丹さんがマイクを持ってきて「雪の中…」といたわりのコメント、他の方も一言ずつ。実にアットホームな(?)感じでいいですね。そして、アンコール。

ドヴォルザークピアノ五重奏曲イ長調Op81〜第3楽章スケルツォ(フリアント)

◇川又さんが第1ヴァイオリンに変わって、また民族的な曲。早い舞曲の中でまた丹さんのピアノがキラキラと舞い、そして弦楽が上質なフォークチューンを奏でて、心温まる演奏会が終わった。さて、次回11/6は大変残念ながら、業務都合で行けないのがほぼ確定だが、他にも丹さん出演の演奏会がいくつかあるようなので、ぜひまた聴いてみたい。
◇最後に丹さんのCD紹介。リンク先(Amazon)から買える。

第1アルバム『CHIHIRO』CHIHIRO

バッハ、ショパン、リストから、ラフマニノフラヴェル、そして武満や丹さんによるガーシュイン編曲とオリジナル曲まで、全11曲収録。ピアノ内部に響く音まで拾っているような独自の音響で、私のしょぼい機器ではなかなかうまく再生しきれなかったりするのだが(ボリュームを絞り目にすると実はすごく広がりのある音かもしれない…)、演奏はどれも魅力的。丹さんによる曲目へのコメントも詩的で、とても素敵だ。

第2アルバム『one earth』one earth

ショパン、リストとフォーレ、フランク、そして丹さんのオリジナル2曲(うち1曲は川又さん参加)、オーバーザレインボウとアメイジング・グレイスの編曲とやはり盛り沢山の全10曲。音響はこちらの方がやや一般的。それと、オリジナル曲も聴いていて思わず引き込まれる。作曲家としても相当の力量があるのは間違いない。
※上記2枚の曲目詳細と試聴:丹さんのページへ

川又明日香『i(アイ)』i

川又さんのデビューアルバムの伴奏を丹さんが務める。音響面が気になり、当日会場で買わなかったが、結局Amazonで購入。モーツァルトサン=サーンスのヴァイオリン・ソナタと小品4曲収録。小品2曲のうち、チャイコフスキーの「メロディー」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」が、しっとりしたヴァイオリンによく合っている。また、最後に収録されているサン=サーンスソナタ第1番が素晴らしい。もともとピアノパートも華やかな曲だが、殊にフィナーレでは、丹さんの爽快かつ明確なアレグロときらびやかな音色の良さを堪能できる。音響はかなり自然で広がりがあるので、ステンハンマルに次いで、まず聴くにはお勧めの盤かもしれない。
※曲目詳細と試聴:川又さんのページへ

*1:ステンハンマル ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調作品1 日本初演

*2:例の「北原加速」など「【7】北原幸男指揮NHK交響楽団★★★★☆ - ピョートル4世の<孫の手>雑評

*3:こちらにもフランクを巡る興味深い記事が→「http://www.rr.iij4u.or.jp/~yamam/cesarfranck.htm」。曰く、「フランクは私にとって最も古い地層に属する。その音楽を聴いたのは、いわゆるクラシック音楽に興味を持ち出して間もなくの事で、交響曲とヴァイオリンソナタの2曲くらいしか聴くことができなかったにも関わらず、特定の作曲家に関心を持つ最初のケースであった。」「フランクの音楽は徹底的に内面的で閉ざされていて、身体性すら捨象したような心の音楽であり、そこには風景というものはない。」私にもこういう高尚な文章が書けるとよいのですが…。「小林秀雄はフランクを聞いて吐いた経験を河上の全集によせた跋文で披露しているそうだし、こちらは河上の回想によれば、小林秀雄の有名なモーツァルト論の背後にもフランクの音楽の影があり、更にはそれが晩年に至るまで伸びているにも関わらず、小林秀雄はそれをある意味では抑圧し続けたらしい」むむむ奥が深い。