オーケストラ・ダスビダーニャ第14回定期演奏会の感想
◇前回のダスビ定期のエントリ*1から1年以上経っているのが、信じられない。30代になり、子どもができてからというもの、1年間が「20代までの3ヵ月」くらいの感覚で過ぎていく…。
◇さて、3月4日(日)池袋・東京芸術劇場大ホール、標記の演奏会に行ってきた。今年も感想を書く(せわしさにかまけて今頃アップ)。なお、言うまでもないと思って前回も書いていないが、ダスビは、ほぼショスタコーヴィチ専門で、年1回だけ定期演奏会を行うアマオケ。指揮も変わらず、長田雅人(おさだまさひと)氏。また、予め断っておけば、絶賛の嵐なのは私の勝手な思い入れです。
映画「ピロゴフ(先駆者への道)」の音楽による組曲 Op76a
◇題名の「ピロゴフ」とは、クリミア戦争などで活躍した従軍外科医で、ジエチルエーテルを使用した全身麻酔を初めて臨床に応用した、ニコライ・イバノヴィチ・ピロゴフを指すそうだ。
◇シャイー盤*2に入っていた第4・5曲以外は私も初めて聴いたが、今まで聴かれなかったのが不思議なほどの充実した組曲になっている(全5曲、アトヴミャーン編らしい)。映画の邦題「先駆者への道」は、曲の雰囲気にもよく合っている感じ。
◇第1曲(イントロダクション)の冒頭から激しさと緊迫感が支配し、クリミア戦争の情景が描かれる。何処からか進軍ラッパの音が響く(座席後方から響いていたが2階席からは視認できず)。第2曲(情景)・第5曲(フィナーレ)も、弦と最小限の管だけで「ムソルグスキー的情景」が繰り広げられる。この雰囲気づくりは、もはやダスビの独壇場。
◇対照的に第3・4曲は純音楽的。パンフレットの曲目紹介では、第3曲(ワルツ)を「ショスタコーヴィチの数あるワルツの中でも最も優れた楽曲ではないか」と書かれていたが、確かにとても素敵な曲。第4曲(スケルツォ)は、「メカニカルな徹底にこそユーモアが宿る」ダスビの真骨頂を示す、豪快な演奏だった。
ヴァイオリン協奏曲第1番 Op77
◇ライブでは初めて聴いた。レコーディングでは数多く聴いているのだが、思っていたよりもずっと異様な曲だということを体感した。特に前半の2楽章は物凄い。ソリストは、東京フィルのコンマス、モルゴーア・クァルテットで知られた荒井英治氏。
第1楽章 ノクターン
これは初演できないはずだと思った(この曲は1948年に完成しながら、「ジダーノフ批判」などを受けて1955年まで初演されなかった)。オーケストラからして、トランペットとトロンボーンを欠きながら、2メートルはありそうな低音ファゴットやバスクラリネットが並んでいて目を引く。実際の音も、低音が絶えず響き、スクリャービンのエロスに禁欲を代入したような、神秘主義的音楽が展開される。
第2楽章 スケルツォ
レコーディングされたものでは、普通の曲であるかのように収まっているが、生身の人間が弾きぬくのがおかしいぐらいの難曲に思えた。
◇後半は、やや雰囲気を和らげて、古典的な世界へと回帰する。
第3楽章 パッサカリア
壮麗な伴奏に伸びやかなソロが絡む、文句なしに美しい楽章。荒井氏の押し付ける感じのないすっきりとしたボウイングに見惚れ聞き惚れる。続くカデンツァの美しさはもはや言語を絶する*3。一つの楽器から出る音が、ホール全体に響き渡り、息を呑んで聴く我々。後方には小学生くらいの子どもも来ていたが、この美しさは分かっただろうと推測。
第4楽章 ブルレスケ
3楽章までで十分興奮しているのに、ますます白熱していくため、途中からブラヴォーが口から飛び出しそうなのを我慢しながら聴いた。
アンコール
映画音楽『馬虻』より夜想曲(有名なロマンス、ではない方)をソロで。いやなんとも…かっこいい。
◇前半終了後、嬉しいことに、ライブを聴いておらず買っていなかった、1999年ダスビ第6回定期(荒井氏とのヴァイオリン協奏曲第2番所収)のCDが販売されていたので購入。これで第6回以降のCDが全部揃っちゃった。
交響曲第15番 Op141
◇一見軽そうで、何回聞いても謎の、ショスタコーヴィチ最後の交響曲。レコーディングで聴いてもなかなか納得する演奏にはめぐり合わない(以前はロジェストヴェンスキー盤で分かった気になっていたが、今聴くと軽めの解釈でしっくりこない)。今回もとりあえずの曲想を思い浮かべながら聴いていた。
第1楽章 アレグレット
子どもの夢と深刻な闘争の交錯。ロッシーニの『ウィリアム・テル』序曲の引用に過度の重きを置かず、すっきりと進んでいくのが好い。
第2楽章 アダージョ
内面の緊張と強大な圧力、表現的には似ていないかもしれないが、第5番の緩徐楽章ラルゴと共通するものを感じる。チェロ、ヴァイオリンのソロを始めとして、各パートの対話が粛々と進む。
第3楽章 アレグレット
第2楽章から続いて始まり(アタッカ。これまたファゴットの入ってくる間合いがとても好いのだ)、最後に第4楽章チャカポコを予感させる。短いつなぎと予告の楽章(いや、アイロニカルな死の舞踏かもしれない)だが、すきがない。
◇第1〜3楽章の演奏も十分に引き締まった名演だったが、この曲の性格の捕らえどころのない印象は変わらなかった。しかし…
第4楽章 アダージョ
ワーグナー『ヴァルキューレ』引用の後のショスタコ旋律がすっきりと引き締まって速く、峻厳としたパッサカリアに一気に流れ込む。ヴァルキューレだけではなく、いくつかの動機が予兆として交差する。それらは第7番の勝利のシグナルを思わせもするが、パッサカリアの反復の中に織り込まれていく。昨年の第8番、前半のヴァイオリン協奏曲第1番からのパッサカリアの流れが見事に効いていて(その反復の眩惑的な重さ!)、長田氏&ダスビの演奏によってこそ、入念に書き込まれたこの終楽章の荘重さが明らかになったように思う。冒頭の動機から、パッサカリア、そして小太鼓によって引き締められたチャカポコの終結まで、曲の有機的統一を構築した見事な解釈。昨年感じたのと同じ「心が熱く、泣きたくなる気持ち」が再現した。
第10回定期以降、交響曲第7・5・1・8番を連続して取り上げてきた蓄積がこの解釈を可能にしている。せめて近いものを求めてコンドラシン、ロジェストヴェンスキー、ロストロポーヴィチ、ハイティンク*4、ヤルヴィ(DG)盤を聴いたが、どれも練り込みが足らず、この域に達していない(この中では、パッサカリアの入念な歌い込みなどから、やはりロストロポーヴィチのものがいいようだ*5)。また、1年後のCD販売を待ちわびる日々が続きそうである*6。
◇今回、アンケート用紙に本日の印象を川柳か短歌にせよとの欄があったので、駄作をものしたのがこれ。
〜 一年(ひととせ)の歩みめぐりてまたダスビ 心熱してダスビダーニャ 〜
また、2008年2月11日にお会いしましょう!
◇さて、来年の曲目は何になるだろうか。個人的には、交響曲第16番とも言われるミケランジェロ組曲(まだ聴き込んでいない)やチャカポコつながりでチェロ協奏曲第2番(これは昔から第1番より好き)を聴きたいと思うけれど。
◇感想を集めて貼り付けてみる。
(演奏者)
「ダスビ演奏会(3/4): ひげぺんぎん不定期便」
演奏者としては、15番にまだ壁が感じられたということ。奥が深い。
「http://kaorina223.jugem.cc/?eid=1020」
「3月4日本番1: 電車行っちゃった男の妻(2)」
「ダスビ演奏会」
「ダスビ本番終了 | 委員長の小部屋」
(聴衆)
「ダスビダーニャ第14回定期演奏会: けんけんブログ」
「http://pub.ne.jp/prelude/?entry_id=575581」
「タコオケの15番 | くらしっく日記2 - 楽天ブログ」
*1:「オーケストラ・ダスビダーニャ第13回定期演奏会の感想 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」
*2:シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団『ショスタコーヴィチ:管弦楽曲集』ディスク2
*3:「テンポはゆるめだけどもったりした感じはなく、心に訴えかけてくる演奏。時折、足踏みがついて白熱した感じ。/カデンツァを聴きながら「私すごく幸せだ!」って思った。/常日頃「幸せだと思ったことはないし、これから先そんなことを感じることもないと思う」と言っている私からしたら、大事件!で、今年の10大ニュースに入りそうな出来事。/「このまま終わって欲しくないなあ」と思った。/そんな思いの中、カデンツァは加速していき、そのまま終楽章へ。」そうそう正にその感じです!と思わず引用(「http://kaorina223.jugem.cc/?eid=1020」より)。
*4:ハイティンク指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団『ショスタコーヴィチ:交響曲第15番、ユダヤの民族詩より』
*5:「ロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団ほか『ショスタコーヴィチ:交響曲全集』(←リンク先試聴あり)。ちなみに、指揮者としてのロストロポーヴィチは、私の基準では非常に重要な指揮者の1人。日本では、スヴェトラーノフやフェドセーエフに比べて話題にならないが、私の中ではロジェストヴェンスキーよりはるかに重要な指揮者・ピアニスト(むしろチェリストとしての凄さはあまり分かっていない…)。特に、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの解釈者としては、歴史的なエピソードを脇に置いても、世界で類を見ない。ヴェンゲーロフとのショスタコのヴァイオリン協奏曲第2番(←リンク先試聴あり)
は、オイストラフ&コンドラシンの定番録音で固定化したイメージを一新していた。交響曲全集も(ダスビを除けば)間違いなく一押し。ついでに、ピアニストとしては、ヴィシネフスカヤを伴奏した一連のロシア歌曲録音は忘れがたい(特にチャイコフスキー!)。
*6:【追記】15番CDではもう1点、自分が所有していることを失念していたが、ムラヴィンスキー指揮の、作曲者没の翌年1976年5月26日のライブ録音を聴いた。第1楽章から相当な速度で、引き締まった演奏が展開していく(全曲で40分弱!)。終楽章のショスタコ旋律の速さは、長田&ダスビの解釈に影響を与えていると思われる。