「靖国問題」補足から、「小泉首相」観・国際情勢観の問題へ

◇さて、いいかげん論点も出尽くして(?)、皆が飽きてきそうな「靖国神社参拝問題」について、少ししつこく補足しておこう*1。もっとも、これを、「小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題」と捉えるか、「日本の首相の靖国神社参拝問題」と捉えるのか、「靖国神社参拝の問題」と捉えるのかで、それぞれ論点が少しずつズレてくる。
◇10日発売の月刊総合誌文藝春秋』7月号の「識者81名アンケート 小泉総理「靖国参拝」是か非か」*2も題名の意図とは裏腹に、それぞれ問題の射程が違っていて、てんでバラバラである。「識者」とされる方々ですらこの調子なので、ブログ書くような人間が混乱してくるのはやむを得ないだろう。それぞれ言いたい放題で、情報量は増えても共通理解はあまり進歩していない。
◇いくつか、興味深いものを紹介する(詳しくはどうぞ現物を。コンビニでも売ってます)。まず、最初の方で目立つのは、球界復帰?でブーイング巻き起こるナベツネこと読売会長・渡辺恒雄氏。なんと?「取りやめるべき」派で、「A級戦犯の7人は、戦死ではなく、刑死である」と言い切る。陸軍二等兵だったそうで、「あの凶暴な陸軍の行動基準を推進した責任、憲兵特高警察による暴力的思想統制の立案、実行責任等については、日本国民自身による歴史検証を経たうえで罪刑の普遍的妥当性を判断すべきだ」(一部略)、この人は野球界のごり押しで嫌いだが、体で知ってる戦中派の迫力を感じる。また、アンケートのせいもあるだろうが、「A級戦犯」の内実に言及しているのは、この人と宮崎哲弥氏(必読)くらいか。
◇最近、岸田秀氏の議論は、もう一度(いや、きちんと読んだことはないか)まじめに読まなければいけないような気がしているが、今回も「欧米のアジア侵略を模倣した日本、日本のアジア侵略を模倣した中華人民共和国」という論旨で、アンケートの短文ながらキレがよい。よく存じ上げないが、ジャーナリストの徳岡孝夫氏*3は「魂の分祀はありえない」と題して、ほとんど唯一(!)宗教的意味に言及(ほとんどの人が宗教問題とは思ってないか、理解していない?)。「神体は見えず聞えず、八百万が一体にして、かつ無である」とさらっと書ける辺り、三教一致的な宗教観*4の教養を有しておられるようで興味深い。
内田樹*5加藤尚武氏(割合信用できる哲学者たち)は、小泉首相の説明不足を問題にしているが、おそらく最初から国内向けにも国外向けにも説明する気がないのだと思う。(以上、アンケート特集から*6
◇この辺りを私は強調したいのだが(←最初から書けよ。最近長いぞ)、まず小泉純一郎という人は、表向きのイメージとは異なり、相当嗅覚鋭く権力闘争(=政治)を戦い抜いてきた人物ではないか*7。なお、昨日『毎日新聞』夕刊1面下のミニコラム「近時片々」も、郵政民営化に触れて、「福田派vs田中派」の対立怨念の続きという見方*8靖国問題も同様の構図がないか。
◇また、対外関係という意味で言えば、中国・韓国の現政権への理解度によって「靖国」問題への立場が変わるだろう。かえって年配世代に多いのだが、この問題について古典的な「善隣友好」「国際理解」などの立場を取るのはいいかげん無理ではないか(もちろん単純なナショナリズムの吹き上がりなど論外だが)。つまり、隔週刊国際情報誌?『SAPIO』が書き立てたり、あるいはもう少し高級なところでは、(読売圧力をはねのけて?)学術的渋さを発揮している月刊総合誌中央公論』が昨年来特集を組んできている*9ように、中国・韓国の現政権には、20世紀的枠組みとはすでに異なる国内・国際事情があることが分かるはずだ。したがって、この21世紀の「靖国問題」とは決して、「戦後」処理の問題で片がつくものではない(この辺で高橋哲哉氏一派とはおさらばである)。
◇韓国の盧武鉉大統領は、10日ホワイトハウスでの米韓首脳会談でも、表向き「強固な米韓関係」をアピールしたが、記者会見で「米韓同盟の潜在的な不協和音を懸念する多くの人がいる」と自身認めたという。盧政権は「北東アジアのバランサー(均衡者)」論を掲げて、大雑把に言えば、北朝鮮寄り中国寄りの立場を取っている。反米・反日・左翼に国内的な求心力を頼っていて、10代の若い世代はそれへの「反動」もあり、親日的になっているらしい(韓国の世論調査による)。中国も前江沢民政権の反日愛国教育を受け継ぎながら、日本の国連常任理事国入りやその他国益追求には周到に反対し、繊維貿易摩擦などの経済問題ではアメリカと対立してはっきりものを言っている。北朝鮮を利用して日米同盟を揺さぶるくらいのことは、朝飯前の手際の良さである。(以上、詳しく知りたい方は私のところなんて見てないで(こんな下まで読んでいただいておいて…大変失礼)、『中央公論*10を読んでください)。こういう情勢観に立てば、どうも現在(というより、すでに冷戦後の90年代から)東アジアでは21世紀的な国際覇権闘争が始まっているということではないか? いやそう見てる人は相当多いと思うのだが。一応ご参考までに。
◇こういう状況の中では、福田和也氏ほど小泉を低く評価できないのが、現状の私ですが。それこそいかがなものでしょう?(以下雑談。短信のつもりで書き始めたのに、大したことのないネタで、また長々しくなってしまった。入力が2回飛んだし(計1時間分?)、内田先生のところには途中でTBを送ってしまいました。すみません。そして、相変わらず家族大迷惑。子ども泣くし、嫌われるね。ごめんなさい。)

*1:遺族会あたりも変な動きを見せ始めた(要するに「反小泉」で政治的に結束し直した?)が、とりあえず略。

*2:ちなみに、重なるメンバーが多いが、『文藝春秋』5月号の「ポスト小泉」アンケートは64名。識者らしき人には論じやすく、熱くなりやすいテーマのようだ。私も沢山書いてるが。

*3:【06.1/22補足】「よく存じ上げない」と書いたが、これは私がモグリだったのであって、他でもない、三島由紀夫が、自決事件の1970年11月25日に市ケ谷に呼び出したジャーナリスト2人の内の1人が、徳岡氏である(元毎日新聞記者)。その経過は、美和明宏との対談「三島由紀夫 善意の素顔」で語られている(半藤一利編著『昭和史が面白い昭和史が面白い (文春文庫)所収)。それにしても毎日新聞記者出身には面白い人材が多い。

*4:これについては、とりあえず「ブログ情報 - ピョートル4世の<孫の手>雑評(このブログについて)」をごらんください。

*5:ブログでもこの記事に触れつつ、敷衍して書いておられる。Archives - 内田樹の研究室

*6:そういえば、小谷野敦呉智英も「シナ」とか「支那」とか書くんだね。「「シナ」用語について - ピョートル4世の<孫の手>雑評」参照。書くもの読んでても、この人とは仲良くなれないよなーという人たちだからいいけど。

*7:政官界・首相近辺の動向については、『文藝春秋』の「霞が関コンフィデンシャル」「赤坂太郎」名義の観測記事を参照。後者は、7月号では「小泉『八月十五日』参拝の現実味」として、首相の生の声らしきものを拾っている(「初当選以来約三十年。俺は政治闘争の中で逃げなかった」云々)。事実かどうかの裏など私に取れるわけはないが、とりあえず説得力はあり、読んでいて面白い。ブログになんたらかんたら書く人たちも、せめてこの記事くらい読んでから書いてほしい。ついでに書くと、この記事によれば、極めて評判の悪い、民主党岡田代表の郵政審議拒否は、政局観で対立した小沢一郎が原因らしい。またかよ、小沢一郎

*8:私も最近あまり読んでいなかったが、書きぶりが気に入った(もちろん内容もいい)。こういう記事は紙媒体にしか出ないようなので、片々子顕彰の意味で以下全文引用する。「郵政って結局、権力闘争なんだろうね。国民の支持・関心はいまいちなのに、小泉さんは固い決意。途中でやめたら敗北なのである。◇民営化って国鉄の時から権力闘争だった。左翼の弱体化がもう一つの目的で、これは成功。道路公団の民営化は森派の小泉さんと平成研(旧橋本派)の戦い。郵政も同じ構図。◇結局、田中派と福田派の対立怨念が今に続くとの解説に頷きながらも、じゃ、どっちを支持すればいいの。やや乱暴だが『田中−高成長の豊かさ』『福田−低成長の簡素』とわければ、今の豊かさと700兆円もの借金を考えて、小泉支持でいいと思うがいかが。」借金削減では歯がゆいところもあるが(猪瀬直樹の『週刊文春』連載「ニュースの考古学」参照)、私もとりあえずそれでいいです。

*9:少なくとも昨年9月号から見ているが、これを読んでいれば「反日デモ・暴動」は、日本にとっても中国・韓国にとっても、完全に想定の範囲内で予測可能だったことが分かる。よってこれぐらいは読んでから…(以下同文)。紙メディア・リテラシーを高めて、この水準を基礎教養にしましょう。

*10:ちなみに、10日発売の『中央公論』7月号は、民主党岡田代表のインタヴューあり。先月発表の「外交ビジョン」に関するものだが、聞き手の読売編集委員の激しい突っ込みで本気の応酬になっていて面白い。特集は中国国内情勢と北朝鮮核実験。