弱小国「日本」における歴史問題の不毛 (中国・アメリカの外交戦略の間で)

◇昨日は、内田先生のブログ*1で「靖国」問題が盛り上がり、たまたま外出先からタイミングよくTBできた当ブログ*2千客万来で賑やかなことであった(反応は特にないが、内田ブログの副読本くらいにはなった?)。アメリカ−中国−日本の三角関係を中心に北朝鮮・韓国・ロシアが絡む東アジア情勢についての認識はかなり共有度が高くなったことが期待される。
◇そこで、5月来の「反日」問題を極めて明快に論ずる対談が意外なところから現れた。掲載誌は小学館の季刊小説誌『文芸ポスト』(!)夏号*3。対談者は、よく存じ上げないが、文革以来の中国に精通するというノンフィクション作家森田靖郎氏と、遼寧省出身、東大大学院で博士号取得、法政大学教授の政治学者・趙宏偉*4氏。極めてキレよく、手際よく昨今の国際情勢を語っているので、必読か(\700)。私が最近読んだものの中では一番分かりやすい。以下、一部抜き書きして、内容を紹介する。
◇見出しは、「胡錦涛・中国が目論むのは<日本の常任理事国入り断固阻止>と<台湾統一>でしょう」。極めて明快な結論。しかし、加えて情報のディテールと目配りの広さに説得力がある。以下両氏の発言を引用する。(以下の()内の注と強調は引用者、…は省略)。まずは反日デモの背景から。

  • 胡錦涛国家主席の対日政策は、安保理の改革によって日本が常任理事国入りに手を挙げた昨年から、この一点(常任理事国入り反対)に集中しています」(趙)
  • (中国で勉強している趙氏の姪は、教科書の抗日戦争の記述について)「全然勉強してないと言う。…抗日戦争を含めた近代史が受験に出ないからです」(趙)←どこも同じ。
  • 「"日本が謝罪をしない"といった具体的な情報は(愛国教育というより、在米華僑愛国団体によって)ニュースやインターネットから入ってきている」(趙)
  • (米国の立場で興味深いのは、広州の日本総領事館関係者から聞いた話、として)「一度広州の米国総領事館で毎週土曜日に行われていた英語のセミナーに参加したことがあったそうです。…その米国人講師が延々と1時間話した内容は、"日本は歴史の罪を認めない"といった反日宣伝だったというのです。」(趙)
  • 米国の外交戦略からすれば、日中関係が悪化すればするほど、米国にとっては好都合だと思いませんか。結果的に日米同盟の強化に繋がりますし、中国を牽制したり、封じ込めたりする時には日本を駒に使えばいい」(趙)
  • 「米国は安保理改革に最も消極的ですが、日本の常任理事国入りだけは支持しています。他の立候補国の顔ぶれを見ると、ドイツ、ブラジル、エジプト、インド、南アフリカなど、いずれも米国の言うことを聞きそうにない国ばかりで、どこの国にも常任理事国に入って欲しくないというのが本音。(だから、中国系アメリカ人の日本批判の動きを唆しただろう)」
  • 「中国は日本の常任理事国入りを、日本が一流国になるか、このまま永遠に二流国に押さえ込まれるかの分岐点と捉えている」(趙)
  • 「最近の中国は、東アジアにおける主導権を握るためのパートナーとしてインドネシアとの関係を深めている。」「要するに今後の東アジアの代表格は日本ではなく、中国とインドネシアであると確認したうえで、両国を中心にアジアの新秩序を作ろうとしている」(趙)←インドネシアといえば、かつては東南アジアの防共(反中国)勢力(→ASEAN)の中心だったわけですが…*5
  • 「実は中国も90年代半ばまでは、日本と大同を組み、東アジアを牽引していこうと考えていた…。…ところが、いつまでたっても日本は日米同盟しか頭になく、中国と組む姿勢を見せない。そこで、業を煮やした中国は日本との大同を諦め、東南アジアとの貿易・投資の拡大に経済発展の道を模索し、わが道を歩き始めた…。」(趙)
  • 「中国が政治的、経済的に力を持ち始めたのは00年に入ってから。それまでの戦後から00年までの間、アジアは空白状態だった。仮に日本が政治大国、軍事大国になるつもりがあったら、とっくにアジアの主になれていたはずですが、日本にはその気がまるでなかった」(趙)
  • 「日中の政治と経済の関係を"政冷経熱"という言葉で表現することがあるが、…中国は日本に頼らずとも米国、欧州、アジア諸国など、いくつもの選択肢を持っており、そこに日本の思い違いがある」(森田)
  • 胡錦涛の任期は2012/13年までだが、北京五輪・上海万博・01年のWTO加盟・10年完成のASEAN諸国とのFTA構想も全てが江沢民の功績)「現段階で胡錦涛の功績はゼロ」(趙)
  • 「僕は胡錦涛江沢民を超えられるのは台湾問題、つまり中国による台湾統一以外ないと確信しています」(森田)
  • 「台湾が独立しようとするなら北京五輪が最後のチャンスでしょう」(森田)
  • 「日本は今年2月の段階で、『中国は台湾の独立阻止を目的とする「反国家分裂法」を作ろうとしている』と米国を懸命に唆し、2プラス2の共同声明で"台湾問題を平和的に解決する"との一文を入れることに成功しました。(しかし、直訳すれば「平和的解決を励ます」で、米国は中国に配慮)」「つまり、米国は日本を駒として使いながら米中関係強化へと結びつけていった」(趙)
  • 「日本の外務省の中国課といってもせいぜい数人といったところでしょう。ところが、中国の場合は、外務省とは関係のない共産党直属の研究機関"現代国際関係研究院"ですら400人のスタッフが揃っている」(趙)←こりゃ負けるわ。

◇以上、非常に沢山引用してしまったが、実際はもっと具体的な情報が盛り沢山である。趙氏のアメリカ観が強く出ていて、一歩間違うとよく出来過ぎた陰謀論になりそうだが、それで済むならどれほどいいことか。
◇戦後「平和主義」の妄想と90年代のそれへの「反動」で、日本が失ったものはあまりに大きい。最近の高橋哲哉氏の言動を見ていると、結局、日本は贖罪のためにもう一度「占領期」に戻りたいという、無意識(故意?)の願望があるとしか思えない。もちろん、未だに日本の明治以来の歴史を肯定的に読み替えれば何とかなる?(何が?)なんてことやってるのも論外。悠長に国内で対立してる(=無責任な言論でメシ食ってる)場合か*6
◇「歴史問題」という枠組みそのものが、現在の日本を混乱させる情報戦のせいかとさえ思われる。だから一刻も早く、教科書検定を廃止して、完全に民間書籍等を教材として*7、この「現実」を学ぶべき(「新しい教科書」なんて3周遅れだろう)。

*1:内田先生のブログで、このテーマに言及しているのは、とりあえず基本的な論点を提出された5/17「Archives - 内田樹の研究室」があり、その後6/12「Archives - 内田樹の研究室」のコメント大?炎上を受けて、6/15「Archives - 内田樹の研究室」が出た。一貫して、小泉政権の親米姿勢とアメリカの東アジア戦略を軸に述べておられる。

*2:なお、当ブログでこうした国際情勢を主に書いたものは、5/24◇「中国は公然たるウソつき国家なのか? また、私たちの生きる道は? - ピョートル4世の<孫の手>雑評」、5/25「世界大戦への切迫した妄想 (小泉秘密外交?) - ピョートル4世の<孫の手>雑評」、5/27「呉儀ドタキャンの背景と今次の国際情勢 - ピョートル4世の<孫の手>雑評」、6/12「「靖国問題」補足から、「小泉首相」観・国際情勢観の問題へ - ピョートル4世の<孫の手>雑評」。

*3:やはり季刊の朝日新聞社小説トリッパー』といい、季刊小説誌は、本編の小説はほとんど読まないのだが、無性に読みたい対談記事などがポコっと1、2本出ていて買わされてしまうことがある。なんだか悔しい。

*4:8/6補足:趙氏の「胡錦涛=一貫した対日強硬派」説については、6/26「2005-06-26 - 梶ピエールの備忘録。胡錦涛の対日政策」、8/5「2005-08-05 - 梶ピエールの備忘録。わしズム!」に記述あり。

*5:スハルトによる1965年の「9月30日事件」については、一応こちらに記述あり。「カミサンに長男の腹痛が伝染ったぽい - ほぼ週刊?−−注文の多いゴルフ倶楽部」。内容は、私は保証しませんが(失礼)。

*6:なお、田中宇氏の反覇権主義は説得力あり。私も進んでの(国益追求のための)「弱小国化」もありうるとは思う。「行き詰まる覇権のババ抜き」参照。

*7:全く無秩序でも困るので「教科書」を維持するなら、「教育委員会による登録−学校ごとの自由採択制」くらいが妥当か。