川口市の選挙と日本の政治について

◇たまたま埼玉県の川口駅近辺にいたら、22日の市町選挙の街頭演説が聞こえてきた。最初に応援演説があってうるさかったが、現職の市長候補が喋りだしたら聴きたくなって、窓を開けた。私は、別に利害関係はないが、政治を語るほどの見識も免疫も欠けているせいか、この演説にはしびれてしまった。
◇内容は、「私が市長になって職員給与削減・国体施設計画見直しで423億円を削減。厳しい財政状況の中で、政治の課題は税金をいかに公正に還元できるか。そのために行った実績は、教育改革(県内初の中学校選択制)・ボランティア活動の街づくり(国体の1万4000人は史上最高)・産業の町づくり(もの作りこそが日本の活力の基礎)・介護保険子育て支援のための新しい仕組みづくり・駅前再開発の完了*1。」
◇これらをものすごい勢いで語りながら、さらに「まじめに働く人が報われる社会を作る。ホリエモンのようなマネーゲームはそれはそれで凄いが、それだけでは社会は成り立たない」「日本は中央集権の追いつけ追い越せで豊かな国になったが、これからは地域の課題に私たち自身が取り組む時代。それが市民参加ということ」「私たちはたった一度の人生をこの川口で生きている! そしてそれを次の世代に渡していくのだ! 今度の選挙はその一歩です!」だんだんとボルテージが上がっていく。
◇この盛りだくさんの内容で、時間は約10分ほど。演説終了時には数百メートル向こうから拍手・歓声が聞こえた。この市長は早稲田の人脈などもフル活用して確かにでかいことをやってのける。細かい実状は私は知らないが、数日前に、対する共産党推薦候補が20cmくらいのお立ち台で貧乏くさい(失礼)話をしていたのとはあまりに対照的だった。
◇少なくとも私の知る狭い範囲では、ヒトラー(!)の次くらいに熱狂的な弁舌で、結局最後まで聞いてしまった。「愛郷心」に響くものがある、というのはちとベタに過ぎるだろうか。しかし、こうした「力」なしに人は動かないのではないか。少なくとも行動に結びつかない「学問」ほど不健康なものはないのではないか(自身の反省を込めて言いたい)。この人、52歳。これからどれだけのことを成すか楽しみではある。
◇こんなことを書いたのは、今更誰も読まないであろう田原総一朗栗本慎一郎『闘論・二千年の埋葬−日本人に何が起こっているか』ネスコ1989なる本の第1章「変革期の予兆」を今日読んだせいもある。そこには、その後10年以上の情勢認識が極めて的確に述べられていて驚いた(読んだのが16年遅れ!)。そこでは、「戦後・占領後の日本人は哲学・ポリシーを持たないゆえに平穏無事でいられたが、これからは多様化する社会の中で、それをまとめるふところの深い哲学が必要である」といった内容が議論されている。
◇思えば私も90年代の初めにそういう思いを持っていたのだが、はっきり言って、その後の社会の動きの速さについていけなかったし、方向性も見誤っていた。悔しいことに、私は今日の演説に対して賛成の一票を投じるしかない。だんだん文が漂流してきたが、「哲学」を机上だけでやるほど空しいことはないというのが、今日の感想。

*1:来年夏に完成。川口駅から周りを見回すとタワーマンションとクレーンが数十本立っていて、もの凄い。その隙を縫って地上には新開店のパチンコ屋だらけなのが皮肉ではあるが。ちなみに新中央図書館は蔵書50万冊を豪語しているが本当なのか??